![]() |
![]() |
![]() |
||||||||||||||||||||||||||
| |
||||||||||||||||||||||||||||
何故、賃下げなのか 国家財政が813兆円にも上る借金財政となっているため、今の政府は徹底した歳出削減をすすめようとしています。国の運営全体では社会保障費や公共事業費の大幅削減をすすめ、大増税で財政を立て直そうという考えを持っています。とりわけ、増税で国民に著しい負担を強いるつもりですから、政府自らも経費削減するというお題目のもと、公務員の定数や給与を引き下げることで、国民の「納得」を得ようとしているものです。 賃下げの危険性が高まっている 昨年の給与構造「見直し」勧告に引き続いて、06人勧にむけて人事院は官民比較方法の「見直し」を表明し、毎年実施している職種別民間給与実態調査(民調)を、これまでの「企業規模100人以上かつ事業所規模50人以上の民間事業所」を「企業規模50人以上」の小規模企業まで引き下げて、調査を実施し、その上で官民給与の比較を行うとしています。 公務労働者の権利を全く無視 そもそも労働者は使用者との関係では「弱者」となります。ですから、憲法で労働基本権が保障され、使用者が弱い者イジメできないようなしくみが作られています。公務員労働者はその権利が制約され、その代償措置として「人事院勧告」という制度が作られ、これまでは曲がりなりにも一定の役割を果たしてきました。しかし、近年の人事院勧告を見てみると、公務員労働者の生活改善を求める切実な声を無視して、使用者である政府の身勝手な意向ばかりを「尊重」する傾向が歴然と現れています。人事院が政府のお先棒を担いで、私たち公務員労働者をイジメている状況と言っても過言ではありません。 賃下げがもたらす社会的悪影響 国家財政が赤字だから、公務員も痛みを感じるのは当然。そういう声が国民のなかで拡がっているのも事実です。そのため、なかなか賃下げ反対という声を職場の外で主張できないのではという意見もあります。
集まることに意義がある全国青年学習交流集会 全運輸青年運動推進委員会は6月11日、12日の2日間、東京グリーンホテル水道橋において全国規模の学習交流集会を行いました。 成果主義を学ぶ 学習会では、公務員賃金や成果主義制度に造詣の深い早川征一郎法政大学教授に、賃金のそもそもの考え方=労使のせめぎあいで決定する=ことからはじまり、成果のはかり方、目標管理の難しさなどを、民間企業や医療現場の例をあげて説明して頂きました。 平和って何だ? 次に、平和を考える行動として、首相参拝で問題になっている靖国神社の遊就館に雨のなか赴きました。 観るのとやるのでは大違い!模擬交渉 見学の後は、羽田事務所に場所を移し、前日に学習したことを討論すべく、仮想当局からの「成果主義導入の提案」について、5班にわかれて討議を行いました。大きな課題であったためか、各班とも意見のとりまとめに大変苦労をしたようでした。1時間の討論の結果を、仮想当局にぶつける模擬交渉では、手練れの両部門委員長演じる当局を相手にがっぷり四つのやりとりを行い、当局側が提案の見直しに応じるまで追い込んだ班もありました。 青年が団結できる環境を 全運輸青年部本部が解散(休止)して3年、初めての全国学習交流集会ということで、様々な意味で不安がありましたが、今回、開催地近隣をはじめ、全国から多くの青年が集まったことは大変意義のあることです。今後も、ともに同じ時間を同じ場所で過ごし、共感しあうことで、何かを感じることができる、そういった運動を大切にしていきたいと考えます。
今年の沖縄地区平和大行進は、6月4日に名護市嘉陽で出発式を行った後、スタートしました。辺野古ヘリ基地建設で揺れる大浦湾をコース左手にみながら曇天の行進となりました。 「雨と風と雷が・・」 2日目は、前述の辺野古からのスタートとなり、「命を守る会事務所前」で、ヘリ基地建設反対を訴え座り込みを続ける市民団体の拠点を目の当たりにし、参加者は連日の報道のすごさを体感したことと思います。この日は折からの梅雨空のもと天候には全く恵まれず、最終日まで連日雨に祟られました。時には雷が鳴り、時には台風並みの強風にさらされながら、予想していた沖縄の夏空の下での行進とは違う意味で、体力を消耗することになりました。 「平和の大切さをアピール」 3日目は米軍の都市型戦闘訓練施設と隣接する伊芸区を通り、4日目には04年に米軍ヘリが墜落事故を起こした普天間飛行場の横を通りました。5日目は普天間を後に、浦添市からいよいよ那覇市に入りました。この日の終点は沖縄県庁前にある県民広場で、いろいろな団体が集会や行事を行う場所です。付近にはデパートや官庁、商業施設などが密集し、また国際通りの起点となる場所でもあり、いちばん人通りが多い場所で行進できたことは、多くの市民に平和の大切さをアピールできたとことと思います。 「今もそこにある米軍基地」 6日目は那覇の中心部からさらに南下して、航空局の宿舎もある糸満市へ、そして最終日の10日は、糸満市役所から沖縄本島の最南端に近い終点の魂魄の塔を目指しました。 御巣鷹 日航123便事故〜21年前の夏を振り返る〜 関東地区協議会では、新人学習交流の目的も含め5支部が結束し、毎年「交流集会」を開催しています。今年は、6月2日(金)から3日(土)までの2日間、交流集会と御巣鷹山慰霊登山を実施しました。 「事故から学ぶもの」 2日目は、いよいよ慰霊登山です。宿泊先から、御巣鷹山登山口まで、貸し切りバスで2時間弱かかります。移動中、芦澤氏から「圧力隔壁」について、また「事故調査報告書」の問題点について説明を受けました(詳細は96年3月に発行された、航空ふぉーらむ第68号芦澤氏寄稿「123便事故を振り返る」に掲載されています)。 One for All,All for One 登山口から1時間ほど登ると、昇魂の碑が建てられた尾根につきます。生存者の一人となった川上慶子さんの、妹さんとご両親の墓標には「一人は万人のために、万人は一人のために」と記されています。こみあげる涙をおさえきれません。散乱する機体の残骸を前に、あらためて参加者全員で安全を誓い、黙祷を捧げました。 |
||||||||||||||||||||||||||||
|
|TOP|NEWS|全運輸とは|行政研究|全運輸の主張|刊行物紹介|お答えします|リンク|組合員のページ|国民平和行進| (c)2002 All Right Reserved
Zenunyu
|
||||||||||||||||||||||||||||